ラーソンはモンゴルで37年間暮らした後、アメリカに移住したが、文化ショックに陥り、生活に苦労したという: 「お金や財布を持ち歩きたくない人にとって、夢が叶う場所はモンゴルだった。必要なものを買うには、その所有者が自宅に来てお金を回収するだけだった。 モンゴルにいたときは、これにあまり気づかなかった。しかし、中国に行くたびに、小さな必需品をすべて現金で支払わなければならず、常に財布を持ち歩く必要が生じた。モンゴルでの生活は、現代の生活様式と完全に切り離されていたのだ。 故郷に戻った後、街中の大通りを車で走るということが、私にはまったく不可能に思えたが、すべての人が日常的にそれをしているのだ。電話で単なる1つの番号にかけることさえ、私にとっては奇跡のように感じられた。モンゴルでは電話でのやり取りがそもそも存在しなかったからだ。 大都市の通りで人々の様子を見ると、また別の驚きがある。誰もがまるで自分自身の世界に没頭しているかのようだ。エレベーターはこの世界で最も普遍的な道具だ。現代的な生活様式を理解するため、本を読み続けた…」 『モンゴルは国連に加盟すべきだ』より


