
もう、何を信じても、誰を信じてもいけない状況になってきていて、実際に考えると少し怖い。 たとえば… 上司からメールが届いたとしても、それを信じられない。フィッシングかもしれない。 母から電話がかかってきたとしても、👀 AIが生成した声を使って詐欺を働く可能性がある。 政治家が発表している動画を見たとしても、ディープフェイクかもしれない。 ではニュースメディアは? それは何十年も前から疑わしいままなので、ここでは触れないでおこう。💀 今、あなたが何か作業をしているときにAIに質問し、AIはまるでその場にいたかのように自信を持って答えを出す。でも、それは本当に真実なのか、それともAIが学習したデータに基づいた「真実」なのか、どうやって確かめる? この状況がどれほど馬鹿げているか考えてみて。 家族からのメッセージですら疑わなければならず、上司が本当にそのメールを送ったか確認し、見ていた動画が実際に起きたことなのか二重に検証しなければならない時代が近づいている。 面白いことに、私たちはこうした状況をある程度前から予見していた。 もちろん、そうだった! だからこそ、多くの人がWeb3やブロックチェーン、分散化に興奮したのだ。 盲目的な信頼を減らし、検証を増やすためだ。 では、さらに一歩進んだら? Web4、5、6を飛び越えて、いきなりWeb7へ向かうとしたら? それは「過剰分散化」だ。 いや、それが何を意味するのか聞かないで。私はただ作り出しただけだ。😂 でも今の流れを見ると、5年後に誰かがこの投稿を拾い、このアイデアに基づいてホワイトペーパーを書き、2000万ドルを調達して、「未来を発明した」と言い出すかもしれない。 冗談だが、ここには真剣なポイントがある。 技術が進化すればするほど、現実と偽りを見分けるのがますます難しくなるかもしれない。 そして、すでに私たちが持っているものすらどう扱えばいいのか、まだ解明できていない。 私は、スピードを落とすべきだと思う。
